VACHERON CONSTANTIN
2024年 05月17日

ヴァシュロン・コンスタンタン、大人の時計の嗜み
第六回

前回紹介したヒストリーク・アメリカン1921のような復刻に対し、オリジナルに新たな解釈を施し、そのスタイルを現代に蘇らせたのがリバイバルである。それは時計ばかりでなく、ファッションなどさまざまな分野で見受けられる。たとえばポルシェにしても最新の911(992型)は、水平基調のインテリアデザインや継ぎ目のない横一文字のテールランプなどかつての930を思わせる。最新こそ最良といわれるポルシェでさえ、いやだからこそヘリテージを重んじ、大切にするのだろう。デザインはけっして消費するものではない。
そんな思いをあらためて感じさせるのがフィフティーシックスだ。

Text by : 柴田 充

50sをリバイバルしたカジュアルドレス/フィフティーシックス

フィフティーシックスは2018年に発表され、ヴァシュロン・コンスタンタンのメンズコレクション現行ラインナップでは最も新しいコレクションである。レトロモダン漂うスタイルは、1956年に発表されたリファレンス 6073をモチーフにする。当時を振り返ってみると、戦後復興から50年代に入り、世界は新たな時代に向かって変貌しつつあった。モータリゼーションが広まり、技術革新とともに繁栄する社会に伴い、ライフスタイルも大きく変化した。かつてないほどの好景気を牽引したのは若い世代であり、時計にもその躍動感にふさわしい機能とスタイルが求められたのだ。

リファレンス 6073

こうした中、登場したリファレンス 6073はクラシカルな文字盤と大胆なケースデザインとのコントラストを追求し、ラグにはメゾンを象徴するマルタ十字の4枝をアレンジした。その斬新で個性的なスタイルはひと目でヴァシュロン・コンスタンタンとわかるだけでなく、じつはもうひとつ大きな意味が込められていたといえるだろう。なぜならこれがメゾン初の自動巻きを搭載した画期的なモデルだったからだ。
自動巻きは、定期的なゼンマイの巻き上げを不要にした実用性に加え、腕元でエネルギーを生み出すアクティブな先進技術を印象づけた。そしてマルタ十字のモチーフは、香箱に取り付け、ゼンマイの力を均等に分割し精度の向上につなげた部品を象ったものであり、それは新たな世代のマニュファクチュールを象徴するにふさわしかったのだ。
さらにもうひとつ、ケースに多角形のねじ込み式ケースバックを採用したことも見逃せない。これによって防水性を備え、日常のあらゆるシーンに応えるリアルな高級時計として高く支持されたのである。

ではフィフティーシックスをみてみよう。ラグは大胆な面構成でマルタ十字を表現し、ボックス型の風防を備える。いずれもリファレンス 6073のスタイルを受け継ぎつつ、流麗なラウンドケースのラインはリュウズをガードし、風防はクリスタルガラスからサファイアクリスタルになるなど現代的な実用性に磨きをかけている。
文字盤は、50年代の雰囲気を伝える分割表示のセクターデザインに、アラビック数字はやはり当時のモダンであるヘルベチカの書体を採用する。リシュモングループのムーブメントの研究開発の中枢であるヴァルフルリエ製のベースに独自のチューンナップを施す。ジュネーブ・シールの取得はないが、性能や美しい仕上げに遜色はない。

デビューではSSとゴールドのモデルを同時発表したのもドレス系コレクションではメゾン初の試みだった。同時に3針とデイ/デイト、コンプリートカレンダーを揃え、現在はトゥールビヨンも揃える。一挙にラインナップを構築したことからも、これにかける強い意気込みが伝わってくるのだ。

キャプション

ミッドセンチュリーの時代、新たな機能とデザインを通して若々しく新鮮な価値観を打ち出したヘリテージのリバイバルは、現代においても多くのファンを獲得している。とくに人気の高いのがSSの3針モデルだ。アイアイイスズのヴァシュロンコン・スタンタン担当スタッフによると、価格的な訴求力に加え、名門にふさわしいクラシックとモダニティを両立し、年齢を問わず人気があるという。「ヴァシュロン・コンスタンタンを所有するお客様だけでなく、新しい層にもアピールしています。程よいサイズにケースとラグは一体感があり、仕上げも美しく高級感があります。日常使いにも最適で、こうしたモデルが出せるのも歴史ある名門ならではの懐の深さであり、それがけっしてエントリーモデルにならないのです。」



フィフティーシックスの発表時、アジアでのローンチイベントに招かれた。場所は韓国のソウル。ゴージャスなクラブイベントが催され、プライベートバーでのDJプレイなどまさに50年代のナイトシーンを彷彿とさせた。当時それまでのスタイルとは異なるクールジャズが登場し、若者たちはマイルス・デイビスやデイブ・ブルーベックに心酔した。激しい感情を抑えつつ情熱を秘めたクールな演奏に加え、彼らが虜になったのはジャズマンのスタイリッシュなスーツ姿であり、それと同じように着飾り、夜な夜なジャズクラブに集ったのである。フィフティーシックスはそんなシーンにも合うと思う。日常使いのできるスタイリッシュなドレスウォッチであり、ラグジュアリースポーツの次なる一本としてもぜひ注目したい。

フィフティーシックス・コンプリートカレンダー
4000E/000R-B438

左右の小窓で曜日と月、文字盤外周でのポインターデイト表示に加え、ムーンフェイズを備える。セクターダイヤルとも調和した優れた視認性に加え、PGとグレー、ブルーのカラーコーディネートも美しい。機械式自動巻き。18KPG(40mm)。3気圧防水。
価格:6,380,000円 税込



フィフティーシックス・オートマティック
4600E/000A-B442

シルバーのワントーンで統一したスタイルは、都会的な洗練を感じさせるとともに、SSの硬質感とアクティブな印象を与える。マルタ十字をモチーフにしたケースデザインもシンプルな3針に際立つ。機械式自動巻き。SS(40mm)。3気圧防水。
価格:1,812,800円 税込

柴田 充 / Mitsuru Shibata

ライター/時計ジャーナリスト。コピーライター、編集者を経て、フリーランスライターに。広告制作や編集他、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。




この連載をもっと見る
ヴァシュロン・コンスタンタン、大人の時計の嗜み